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それでも生きてた方が幸せですか?
先日ペットを飼うってものすごく勇気がいることという記事を書いたのだけど、その記事にBOSEさんから「ある意味痴呆症になるまで生きてて幸せなんでしょうか・・・人間もペットも。」というコメントをいただきました。

んー、考えてみたらそれってやっぱり人間も動物も医療が発達した現代では「病気になったら病院で治す」という基本的考えがあるので、動物でも人間でも病気になったら病院に連れて行ってしまうけれど、実は人間のエゴな気がしました。

そして高校生の時のこの出来事を思い出しました。
ヒマな方は読んでみてください。

高校生の時に祖父がガンで病院に入院してました。最初は大部屋だった祖父の病室も病気が進むにつれて人数の少ない病室になり、その頃は既に一人部屋になっていました。その一人部屋の病室の隣の病室に入っていたおじいちゃんももうかなり病気が進行しているようで、病室から出てきたところを見たことはありませんでした。

そのおじいちゃんがある時危篤になり、もう死ぬかもしれないという時に、人工呼吸器をつける、つけないの選択がおじいちゃんの家族に迫られました。おじいちゃんの奥さんは既にこの世にいなかったらしく、お見舞いや看病をしていたのは娘さんらしきおばさんだったのですが、その家族は人工呼吸器をつけるという選択をしました。理由は息があるうちに会わせたい人がいるからだったらしいです。

そしてそのおじいちゃんは人工呼吸器をつけました。もちろん本人の意思はわかりません。おじいちゃんは何も考えられない状態で心臓が動いて息だけしている人になりました。

人工呼吸器はつける前につける、つけないは選択できるけれど、つけた後は医者でもはずしてはいけない法律になっています。けれど、人工呼吸器でしか生きられない患者さんは意識は全くない状態。全員がそうなのかはわかりませんが、少なくともそのおじいちゃんはそうでした。

駆けつけた親戚などがその日とその次の日あたりまでは頻繁に病室に出入りしていたけれど、意識はないけれど死んではいないし、回復もする見込みもなく、あとはただ人工呼吸器をつけたまま自然に死ぬのを待つばかりとなり。。。

一週間後にはほとんどの家族が誰もお見舞いに訪れなくなりました。おじいちゃんの病室には看護婦さん以外誰も出入りすることなく、一日中病室にいるうちのおじいちゃんも「隣の○○さんは誰も見舞いこなくなってかわいそうだ」ってよく言ってました。

そして、人工呼吸器をつけてから一ヶ月ほど経ったときにそのおじいちゃんは一人で息を引き取りました。(これは後からうちの祖母がそのおじいちゃんの娘さんらしき人に聞いた話です)


それを見て高校生ながらにあれは家族のエゴ?という気がしてならなかったのです。もしも一分でも一秒でも長く意識がなくてもいいから生きていてほしいという気持ちだとしたら、これもエゴにはかわりないし生きている人のワガママかもしれないけれど、まだわかります。けれど死に目に会えない人がいると困るなんて理由で人工呼吸器を勝手に取り付けられて、しかも小康状態になったら誰も訪れずに結果的に一人で死んでいくなんて、そのおじいちゃんにとっては人工呼吸器の延命措置は幸せなことではなかったような気がします。

うちの祖父もこの出来事を見てから「人工呼吸器は使わないでくれ」と祖母に話していたそうで。うちの祖父が亡くなる時もお医者さんは祖母に人工呼吸器の選択を迫っていましたが、その祖父の言葉があったので使いませんでした。

この家族を間近で見ていたうちの両親は未だに「もし何かあった時に人工呼吸器をつけるかどうか聞かれたら絶対断ってくれ。」といいます。確かに死に目に会えないのは辛いけれど、こんな風になるくらいなら延命措置なんてしないで自然の流れにそって寿命を全うした方がいいような気が私もします。人工呼吸器をつけて1%でも回復の見込みがあるなら別ですが・・・。

それでも生きていた方が幸せ・・・なんでしょうか?
私には未だにわからない問題です。
この記事のカテゴリ:オモウコト
 
| かりん | 00:06 | comments(18) | trackbacks(0) | |
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今まで「尊厳死」や「安楽死」とか考えたとき、色々な答えが頭の中に出てきましたが、

“こんなの、俺の身勝手じゃねぇか!!”と、全てだめになりました。

たぶん自分は一生掛かっても、答えにはたどり着けないでしょう。

でも、自分自身に対して“こうしてほしい”っていう、意思表示くらいは出しておかないといけないよなぁ…って思っています。
「自分では決められないから、誰か決めてくれ」ってのが、一番身勝手ですよね?
| トモアキ | 2007/11/25 2:47 AM |

>トモアキさん
確かに。。。尊厳死も安楽死とか
考えても考えてもわかりませんね。
私も一生かかっても答えにはたどり着けないかもと思います。

自分で決められないから決めてくれは、一番身勝手かも。
私はそういう時にはやはり両親と同じく
呼吸器をつけない選択をしてほしいと今は思うけれど、
本当に死にそうになった時もそう思えるのかな?
と思うとますますわからなくなります。
| かりん | 2007/11/25 12:03 PM |

実家の犬は数年前に老衰で亡くなりました。
15歳だったと思います。

もともとは至って健康な犬だったのだけど、
目は白内障のようで白濁して見えていないし
鼻が効かなくなってきて(犬でこれは致命的だと思う)
耳だけはなんでもないから、物音がするとうなるのです。
たとえ飼い主がご飯を持って来たのだとしても。

犬の名前を呼んでなでると落ち着くのですが。

私が就職してからこの犬は亡くなったので
死に目には会えなかったのだけど、
実家の母曰く
「もう立てなくなって好物の牛乳も飲めなくなっていたのに、
最後の日だけは立ち上がって牛乳をちょっと飲んで、それから横たわって静かに息を引き取った」のだそうです。

生きようとする力って凄いです。
命を全うするってこういうことなのかな、と思いました。

そう考えると私は、意識がなくなって回復の見込みがないなら人工呼吸器はいらんと思います。
他の人はわからないけど、私はそうしてほしいです。
| おね | 2007/11/25 4:18 PM |

人って誕生も選べなければ、死ぬのも選べない。
本来、そういうものだと思う。
それが一番自然で一番当たり前なんじゃないかなと。

生きようとする本能が医学を進歩させ、寿命を延ばしてきた
けれど、死すべきときに死ねないのはやはり不自然だと思う。

死すべきときに死ねないのは、生きたくても生きれない
苦しみと同等だとおさるは思う。
| おさる | 2007/11/25 4:57 PM |

うーん・・
オヤジは延命うんぬん言う前に亡くなったからなぁ(^^;
何するのも早かったけど死ぬのも早かったから(汗)

お袋も肝臓癌の手術を去年やってます(C型肝炎)。
でも意識不明、回復の見込み無し、心臓動いてるだけ
なら延命は無意味だな・・・
今の時代なら年金の為に無理やり延命する人もいるかも
知れないけど(-_-;)


あ!お袋は元気にしてますよ(^0^;)
| hir○shi | 2007/11/25 5:31 PM |

連投。
すみません、キーを叩き過ぎていっぱいコメント
いっちゃいました(;゜(エ)゜)

余分な文は削除して下さい(ToT;)
| hir○shi | 2007/11/25 5:33 PM |

私の親も回復の見こみがないなら
延命措置はやめてくれ・・と言っています。
私自身もそう思っています。

実際に植物状態の方に意識がないのか??は
わからないらしいですね。
以前読んだ本は植物状態の老人の視点から描かれていました。看護師さんに清拭してもらっている時「気持ち良い」と
感じたり同じような患者さんが同室になったとき
「お仲間いらっしゃい」とか。
創作なんでしょうけど、全く意識がないのか?
といえばそうでもない場合もあるようです。

高校生の時に感じられたことは、
親戚が会わせたい人がいるから・・という自分たちの側の
考えで延命措置をして、その後お見舞いにも行かず・・という
事が本人にとってどうだったんだろう・・という思いに
なったと思います。私も同じように感じました。

でも・・中には意思の疎通が出来なくても
生きていてくれたらそれだけでいい・・という方も
いると思います。

こればっかりは、正解はないような気がします。

| いつき | 2007/11/25 5:55 PM |

このお祖父さんの話だけ見れば、
延命措置はかわいそうでしたね。

でも家族が四六時中そばにいて
奇跡の瞬間を信じていられる間は
やはり延命措置をしてしまうでしょう。
私は父と兄の最期がそれに近かったので
余計にそう思います。

ただ自分は自力呼吸できず脳死状態に
なったら生かしておいてもらいたくない。
でも自分ひとりで生きてるわけじゃないので
その時点の家族の判断にゆだねますが。
| わふわふ | 2007/11/25 8:31 PM |

>おねっぴ
15歳って長生きだったね。
でも犬で鼻がきかなくて、目も見えていないとなると
音がするとうなるのも仕方がないよね。
判断する材料が音しかないんだもんね。

そして生きようとする力って本当にすごいね。

私も同じく意識がなくて回復の見込みがないなら
人工呼吸器は必要ないなと自分では今思うけれど、
ほんとにその間際になってもそうなのかなぁ〜
というとこが疑問かな。

あ、でも意識ないんだから、
死にたくないとかそんな意識ももうないんだろうね。。。

>おさるさん
確かに誕生は選べないよね。
死は無理矢理選ぼうと思えば選べるけれど、
それこそエゴだよね。どんな理由があろうとも。

死ぬべき時に死ねない苦しみかぁ・・・。
確かにそういう考え方もあるかも。
考えれば考えるほどわからなくなりますね。

>hir○shiさん
お父さんは本当に早かったんですね。
意識不明、回復の見込みなしはやっぱり
延命は無意味な気がするよね。

けどコメントレスをつけてていろいろ思ったけれど、
もしこれが恋人だったら、と思うと
意識がなくて回復の見込みなしでも
つけて一分でも一秒でも長く一緒に生きていたいと
思うかもしれないと思ってみたり・・・。

はっきりいって回復の見込みなしで意識なしなら
呼吸器つけるっていうのは生きてる人のためだよね。
私もそれをつけることで誰かの役に立てるなら
つけてもいいと思うけれど、結果的に死ぬのに
お金もかかるし、精神的に苦しい時間が続くなら
やっぱりつけない方がいいのかなー。

重複してたコメントは削除しといたよ〜
ここではよくあることなので気にせずに♪

>いつきさん
植物状態の場合は意識がある!という説と
そうじゃない説とあって、なかなか難しいみたいですよね。
自分がそうなってみて初めて「あ!意識ある!」とか
わかるものなのかもしれませんね。

でも植物状態でも回復する「かも」しれないという可能性が
あるなら自分でも自分の家族にでも100%呼吸器をつけますね。

いつきさんが解説してることはその通りです。
意識がなくて回復しなくて、死ぬのを待つばかりとなっても
せめて誰か一人くらいは側に付き添っていてあげてほしいというか。
だって、自分たちの都合で呼吸器つけといて、
とりあえず息のあるうちに会えたからってほったらかしって・・・。

そして後は死ぬのを待つばかりとなっても、
生きていてくれればいいって人確かにいるでしょうね。
ここまでコメントレスをしてきて、
私も自分の恋人や子供がいたら子供がその状態だとしたら、
100%回復しません。と言い切られてもつけることを
選んでしまいそうです。
これこそエゴなのかもしれないんですけどね・・。

なかなか難しい問題ですよね。

>わふわふさん
上のいつきさんのコメントにも似たようなことを書いたのだけど、
自分が生きている立場におかれたら・・・
と思ったらいくら本人が希望していないとはいえ、
つけないでくださいといってつけないことを
選択できるかどうか自信がなくなってきました。
回復の見込みなしですよ、とお医者さんにいわれても
「もしかしたら!」という思いがあったら、
死ぬとわかっててもつけてくださいって言ってしまいそう。

私も自分でつけてもらいたくないと思うけど、
そしてもし病気で入院するようなことがあったら
家族の誰かに伝えておくと思うけど、
それでも家族が望んだらつけられるんでしょうね。

んー。。。なんだかますますわからなくなってきたかも。
| かりん | 2007/11/25 9:03 PM |

うちの父親も延命措置はしなかったよ。
生前から本人の希望があったから母も素直にそれに応じて。
やっぱりこういうことって元気なうちに家族に話しておく必要あるよね。

延命措置するかしないかの決断って難しいと思うし、その後、ああしてよかったのかなんて思い悩んだりすることもないだろうしね。
家族に選択させるのは酷だから自分で決める!
コレが理想だね。私もさりげなく家族に話しておこうっと。
| あきりん | 2007/11/26 9:12 AM |

>あきちゃ
生前に本人の希望があれば、あとは家族がどうするか
考えるだけだもんね。
そういうことって元気なうちに話しておかないと、
病気になってしまってからじゃリアルになりすぎて話しにくいよね。
決断を家族に迫るのはほんと酷だよね。

どっちを選択しても後悔しそうな・・・。
私もさりげなく話しておこうかと思う今日この頃だよ。
| かりん | 2007/11/26 7:38 PM |

コメントつけた張本人でございます。

私個人で考えると、人工呼吸器をつける段階に
なればもう余命ははっきりしているでしょう。
つける段階になる前までに身の周りの始末をやっ
ときゃいいんです。
という考えです(あくまで私個人の場合です)。
で、やっぱり呼吸器はいらないなあと感じます。
そこまでして延命されたくはない。

家族のことはまだ聞いたことはありません。
聞きづらいですけどね、母親の分は確認して
おかなくてはなりません。長男はこういう時
つらいです。

ただしこれだけは家族全員一致しています。
「ガンだとわかったら、必ず告知して!」
です。
| BOSE | 2007/11/27 12:37 AM |

>BOSEさん
私も同じような考えです。
そこまでして生きていたくないよね。
家族のことは聞いたことがないですか・・・。
普通に生活してたらこんな話することないですよね。
うちもおじいちゃんのことがなければ、
きっとこんな話しなかっただろうし。
元気なうちに考えが聞けてある意味いいきっかけだったのかな。

ガンとわかったら告知して、などはうちでは話したことが
なかったけれど、うちの父が2年前にガンになった時は
告知云々の前にもう本人がいきなり知ってました。
今は医者が直接伝える時代なのかねぇ〜なんて話したけど
どうなんでしょうね。
| かりん | 2007/11/27 11:48 PM |

こういう話を親と初めてしたのはいつだったっ
け・・・・確か1年前に帰省した時だったと記憶
しています。

どこかに以前書いた記憶があるのですが、母親は
「葬式のやり方から何から全部決めておくから、
死んだらその通り頼むわ」と言ってました。一方
父親は「どうでもいい」でした。今回は「どうでもいい」という父親のおかげでえらい思いをしま
したが(苦笑)。まだお墓のことも手が回らない
状態です。ま、これはいつでもいいのですが。

母親自身はまだ心の整理がついていないようです
が(私もそうですが)自分がそうなった時のこと
については着々と考えをまとめているようです。
お互い歳をとったので、こういう話も出来るのか
なと今は思っています。
今回のことで、私も兄弟も「死」というものを初
めて現実に捉えられるようになったと思います。
私と弟は「遺体」を実際に持って棺の中に入れた
りもしましたし・・・・。すごく重かったです。
人間て死ぬとこんなに重くなるのかと思うくらい
重かったです。大人4人でやっと持ち上げて棺に
入れました。かなり痩せ型の人間だったのです
が。








| BOSE | 2007/11/28 12:20 AM |

私が家族の立場ならって考えたとき…
エゴだと分かっていても、少しでも長く生きて欲しいと思っちゃうかもしれません (´・ω・`)

でも、その家族が人工呼吸を選んだ理由って筒抜けになっちゃうもんなんですか?
なんか嫌だな…
| もぐ | 2007/11/28 8:16 PM |

>BOSEさん
どうでもいい=勝手に決めてくれ
っていうことなのかもしれませんが、
周りはなかなか大変そうですね^^;

年齢を重ねたからこういう話ができる
というのはあるかもしれませんが、
本当なら若くてもいつ死ぬかわからないのだから、
自分なりにまとめておくといいかもしれませんね。

死んだ人間は力が入ることもないから重かったんでしょうね。
私の場合はこの話にも出てくる祖父が
なくなったときに初めて実感した気がしましたが、
身の回りの整理などまではその時もしていないので、
まだまだわからないことがあるのかもしれません・・・。

>もぐさん
実は私もそう思うんじゃないかと思ってる一人ですよ。
エゴかもしれないけれど、というのは同じく思うけど
そういう時の気持ちってどうしようもないときもあるよね。

普通は延命を望んだ理由は筒抜けになりませんよ。
この記事に出てくる隣のおじいちゃんの場合は、
娘さんがうちの祖母と仲良くしていたので、
その娘さんが祖母に話したことでわかったのです。
だからその点は自分が話さなければわからないので
安心していいと思います。
| かりん | 2007/11/29 12:53 AM |

今私が働いている職場は介護老人保健施設といって老人ホームと病院の中間的な役割のところで100人近い老人が入所してて毎日30人近い老人がデイケアに通っています。その入所者さんは絶対に施設では死なせないっていう暗黙の決まりみたいなのがあって、病気のコントロールのため自由に食べたいもの食べられなかったり、家族が先の短い命なのだからここで最期まで診てほしいと言っても病状が悪化したら強力病院に搬送して延命させるとか日常にあるの..
私は小さい頃お爺ちゃんお婆ちゃん曾お婆ちゃん三人も一緒に暮らしていたんだけど、三人とも最期は延命治療はしないで自宅で家族に見守られながらこの世を去りました。
どちらがいいか、どちらが幸せなのか、簡単に答えが出るものではないと思うけど、私だったら食べたいものも食べられずに自分の意思を伝えることもできずただ延命治療でひたすら生かされるより自然な最期を迎えるのが幸せかな・・・と感じます。
でもこれはとっても難しいことなので、私の主観ということで読んでくれたらいいな。。。
| takashima | 2007/12/02 3:29 PM |

>たかちゃ
なるほど・・・そんな暗黙の決まりがあるのね。
きっといろいろな事情があるんだろうけれど、
その暗黙の決まりも仕方がないことなのかもしれないよね。
たかちゃの三人のおじいちゃんやおばあちゃんは
自宅で自然に息をひきとるっていう素晴らしい形の最後だなー
と読んでて思ったよ。そうやって家族に見守られながら
最後を迎えられるのって幸せなのかもしれないよね。

どちらがいいかについては個人によって違うだろうし、
私にも全くわからないことだけど、
無理に延命するよりはその方が幸せなような気が私もするよ。
それにしても難しい問題だよね・・・
| かりん | 2007/12/02 11:18 PM |

レスできません。コメレスなしで
OKな方だけコメントどうぞ。
(2014/7/22〜)









   
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