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死ぬことの何が怖いんだろう?
タイトル見て心配した方いるかもしれませんが、私が自殺を考えているとかそんな話ではありません。もちろん近い将来に死ぬ予定もありません(笑)

宇宙の外には何があるのか?という昔の記事があるのですが、最近そこで活発にコメントの交換をしていたりします。そこの中でゆーりさんという方が「死んだ後の自分は生きている時の自分を全て見ているからそう思えば死ぬのは怖くないよね」ということを書いていて、なるほど〜と読んでいたのだけど、コメントレスをしてるうちに「死ぬのコワイコワイと思ってるけど、なんでコワイと思うんだろう?」と思ったのです。それがこの記事のタイトルなので何かあったとかそんなことはまったくありません。
さてさて、死ぬのはコワイというのは昔からずっとそうで若かりし頃は嫌なことがあったりすると「死んでやる〜!」と勢いで思ったり、失恋したくらいで「死のうかな」と思ったりしたこともあるのですが、どの時も思うだけで実際に死のうとしたことはありません。やっぱり死ぬのはイヤだし、コワイから。

どうして死ぬのがイヤなのか?と聞かれたらもう本能としか答えようがないかもと想像つくけれど、死ぬのがコワイのはどうして?と聞かれたら何が怖いのかまったくわかりません。

死ぬということ自体は頭では理解しているけれど、死んだ後に自分がどうなってしまうのかがよくわからないからコワイのか、死ぬ時に伴うであろう痛みや苦しみを想像してコワイのか、自分がこの世界の存在からいなくなるのがコワイのか、それともこれも死ぬのがイヤと同じで本能で怖いようにできてるのかまったく謎です。それともこれ全部ひっくるめて考えて怖いのかな。

私はなんでも嫌なことは先にしてしまいたいタイプだけど、いくらそういうタイプでもこれだけは先にしたくないほど恐ろしいと思うのです。

きっと死ぬのが怖くないって人はいるにはいるだろうけどごく少数でしょう。コワイと思ってる皆さんはどうして怖いと思いますか?

以下は今回の疑問でネット検索をしてるうちに見つけたページ。
・いつか死ぬ私〜死ぬのが怖くてたまらないあなたへ〜
※BGMを止めたい時は表示された後IEの「中止ボタン」をクリックしましょう

なぁんか、いろいろ読んでたら私は自分が死ぬのが怖いっていうよりも、自分が大切に思っている人がいなくなって他人の死に直面する方が自分が死ぬよりも怖いんじゃないかなと思い始めて何がなんだかわからなくなってきました^^;自分が死んでしまってもう何も考えられなくなったり意識がこの世からなくなってしまうなら、自分は何も感じないんだよね。それならむしろ自分が生きてて周りの大切な人の死の方が長く苦しいのかも・・・。

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この記事のカテゴリ:宇宙・オカルト
 
| かりん | 00:47 | comments(27) | trackbacks(0) | |
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庶民にとっちゃ、死後もくそもないです、そのまま浮遊霊ですよ。蓮の台に座ることができるのは勲一等とか叙勲を受けた人だけみたいですよ。

個人的には、生きているうちは行けない惑星に一人でいってみたいです。小学校の時、理科の教科書で冥王星を初めて見てそう思いました、浮遊霊なら可能かなw
| ササキ@トウキョウ | 2007/06/28 2:18 AM |

おととい最寄駅で飛び込みがあって帰宅ラッシュアワーのダイヤが大きく乱れました。1時間ほどで動きましたけど、駅には人が溢かれてました。東京から埼玉県に帰る方向の電車は満員電車でした。駅についた時には片付いてましたけど。。。

死後とかは生きるのが精一杯で考えたことないですけど、漫画「スカイハイ」みたいに天国にいって転生するか、浮遊霊になって現世にとどまるか、降りていって人一人殺して地獄に落ちるかを選べるとしたら、成仏して転生したいです。できれば「器用で、デキル人」でよろしく。
| まゆ。 | 2007/06/28 3:15 AM |

人間とは不思議なもので、動物とはちがって自分を認識することができます。動物が自殺しないのは自分を認識していないから。
人間がさらに不思議なのは、「生きててよかった〜」と思うときがあって、「生」も認識していることがわかります。何か充実しているときや、努力が実ったときに「生きててよかった」と思うことが多いようです。
「死」を肯定的に選択する例としては「愛する者を救うため」や「名誉のため」などがあげられるでしょうか。「特攻隊」や「切腹」は命令でしたが、遺言や辞世の句で「人のため」「名誉のため」が重要であったことはまちがいないでしょう。
立ち直れなくて自殺する場合は「生」をどうしても肯定できず仕方なく「死」を選ぶと考えられるでしょう。「生きててよかった〜」と思える何かを永遠に手に入れられるとは思えないとき、つまり努力が無駄にしか思えないときに「死」が怖くなくなる。「死」が救いになってしまう。
逆に努力が実っているか、実る前か、まだ努力していないけど努力次第と思えるうちは「死」が全てを台無しにしてしまうという「怖さ」があると思います。
結局、人間ってどう生きるか自分に問えるうちは「死」が怖いものなのでしょう。
どうでしょう?
| 長山巧 | 2007/06/28 3:40 AM |

死んだあとのことを誰も教えてくれないから怖いのかな?
だって出産だって他の人がその後を教えてくれなかったら「人間から人間が生まれるなんて信じられない大事件ですよ!!!」
きっとその後のことも解らないと人間って怖いんですよね〜
| たんたん | 2007/06/28 6:46 AM |

子供の頃に聞いた話しです。

二人のおばあちゃんの会話で
一人が「みんな(死んじゃて)いなくなちゃったね」と言うと、もう一人が「本当だね。向こうはどんな所なんだろうね」
すると初めのおばあちゃんが「きっと良い所なんだよ。だって誰も帰って来ないんだから」

内容はこんな感じでした。最後の「誰も帰って来ないから良い所なんだよ」っていうのがとても印象的です。

祖母が川の向こうの花畑を見たと言った事がありました。本当にあるんだねって。その数年後に花畑へ行った祖母はまだ帰って来ません。
| 晩夏 | 2007/06/28 8:36 AM |

おお〜ぉ!!!
こんなところに、私の名前が〜っ!!
うっ、うれちぃ♪なんて(^^)/ ェへへ☆

私の場合、『死』に対しての怖さとは、未経験の事だし、
正確と思える情報がないから。。。カナ?

例えば、『結婚』前のマリッジブルー、『出産』前の
マタニティブルーなんかも、未経験に対する不安から
来ている怖さだと思うの。

特に『出産』は、その子その子で妊娠中から違うので
何度経験しても、無事に生まれてくるまでは不安でした。

あと、『死』がいつやってくるのかわからない突然の事で、
大切な人達とこの世では永遠の別れになるからかなぁ!?
| ゆーり | 2007/06/28 10:44 AM |

昔、大学生をやっていたころ(笑)仏教系の大学だったので、原始仏教の授業がありました。
そこで教わったのは、「死の恐怖から逃れる為に自分で考えなさい」って事でした。
こういう風に考えると、今あるすべての宗教は存在意義はあるなぁ〜と思い、宗教感が少し変わりました。
自分的には一応考えて、今も生きていますが、今後も変わっていくんだろうなぁ〜
自分は死ぬのが怖いよ〜
子供の頃泣いたことあるから^^;
| すこんち | 2007/06/28 12:48 PM |

ちょっと嫌な事があると、「もう死んじゃいたい。」って
思うタイプです。でもねぇ、死ぬのって怖いです。
それは、痛みが伴うから。痛みもなく死ねるのであれば
良いんだけどね。

最近、身内が亡くなり、入院中何度かお見舞いに
行ったけれど、見ている私も辛かったし、悲しくて
涙が出てきました。

私の事を気にかけてくれている人、心配してくれている人が
この世からいなくなるって事も悲しく、辛い事です。

何故、私がこの世に生まれてきたのか?な〜んて
考える事もありますが、命を授かった限り、
大切にしないと思っています。
| ベーグル | 2007/06/28 4:32 PM |

病気で余命宣告されたりすると、死が怖くなるかも。
死期がわかっていると、それまでの間は恐怖だと思う。
でも健康な今、怖さはないけど、死ぬのはイヤだね。
まだやりたいこともあるし、
やっぱり、死んだら一巻の終わりだからね。
何も感じることもなく、何も考えることもなく、
何もわからなくなる、それこそ無になってしまう。

よく自殺願望がある人は、死んで楽になりたいっていうけど、
死んだら楽になったかどうかも解らないんだろうけどね。

人は死ぬと云々・・・とよく聞くけど、
結局は宗教的な思想であって、
実際に死んだ人が教えてくれる訳でもなく、
なんだかんだ言っても、誰一人知らない事。

生まれて、生きて、死んでいく。
俺は生きるために生まれてきたんだと思うね。
| ziggy | 2007/06/28 9:47 PM |

>ササキ@トウキョウさん
浮遊霊かもしれないけど、
たとえ蓮の台に座れるとしても生きてる方が絶対いい!
やっぱり死ぬのはコワイな〜。
浮遊霊ならどこにでもいけるならいいよね。
でも意識が霊になってもそのまま残るっていうのも
永遠すぎてなんかいやかも。←結局ワガママですね(笑)

>まゆ。さん
飛び込みですか・・・。
死に救いを求める方ってやっぱりいるんですね。

スカイハイはドラマ版が好きで1も2も見てました。
もしあれみたいに選べるなら私もまゆさんと一緒!
成仏して転生したいな〜。

>長山巧さん
いろいろな解説ありがとです。
死が救いになってしまう状況にもいろいろあるでしょうが、
なるべくならそうならないでいたいと今の私は思います。
生きててよかった〜ってずっと思って生きていたいな。
死が怖いのは正常なんでしょうね。
今の私は生きてることに喜びを感じてるんだなと
長山さんのコメントを読んで思いました。
ちょっと理解できた気がします。

>たんたんさん
うんうん。同じくわからないから怖いのかな〜と思った。
確かにたんたんさんの書いてるとおり。
なんでも先のことがわからないと怖いよね。
出産だって確かに知らなければ驚くかも。
なんかおなかがでかくなったなーと思って、
ある日突然人間が出てきたら大事件だよね(笑)

>晩夏さん
そういう風に前向きに考えることもできますよね。
そう考えるとたいして怖くないかな。
かといって急ごうとも思いませんが^^;
なんだかかなり救われた感じがします。
ありがとう^^

>ゆーりさん
勝手にゆーりさんのコメント内容からネタにしちゃいました。
やっぱり未知への恐怖なんですね。
マリッジブルーとマタニティブルーは
いわれて納得!確かにそうかも。
出産は今まで経験したことがないけれど、
そういうものなんですね。
大切な人たちとの別れも寂しいな・・・

>すこんち
大学生をやっていた頃の後の(笑)がなんかうけましたw
なるほど。自分で考えなさいかぁ〜。
宗教観とかって全然ないけど、
救いになることもあるんだね。
でもやっぱ死ぬのは怖いよね。
できれば長く生きていたいな。

>ベーグルさん
私も思うことあった!
でも死ぬときの苦しさとか考えたら怖いよねぇ。
けれど、今は簡単に楽に死ねたとしても
死にたくないって気持ちの方が強いかな。
どうしてこうも生きるということに
執着するのかはわからないけれど^^;

周りの大切な人の死も本当につらいよね。
生きてきた意味がない人なんていないっていうけど、
そしたら私も何か意味あるのかなーと考えてみたり。
でもわからないんだよね。一生わからないのかも(笑)
だから私もベーグルさんと同じく命を大切にします。

>じぎ
余命宣告されたらこんなブログにかけるほど
生半可じゃなく怖いだろうね。
なぁんかいつ死ぬかわからないなーと思う考えが
どっかにあるから私は健康でも死が怖いのかも。
無になるのはほんとに怖いね。

人って死んだ後のこともわからないけど、
おなかの中にいた時のことも全然わかんないよね。
そんな風に何もわからなくなるなら、
死んだ後の本人は何も辛くも悲しくもないのかもしれないね。

生きるために生まれてきたっていい言葉だなー。
私もそう思うことにしよう。
| かりん | 2007/06/29 1:06 AM |

おひさです。

自分より先に人がいなくなるのはつらい。
だから自分のほうが先に、っていうのも自分勝手ね。

僕自身は、苦しかったりきついのは嫌だけど
するっと消えることが出来るのなら怖くは無いです。


12年位前、まだ作業がすべて中途半端だった頃。
淡路阪神と首都圏で相次いで大きなことがありました。

僕はその時に、
今の時点でこうして
不本意ながら自分が亡くなってしまったら
自分は生前何をやっていたのか、
まったく誰にも何も残せないし知らせることも出来ない
そう思いました。

それで今までのだらけた気分が一気に締まり
次々に曲を完成していけたのです。


今も僕は、今急に自分が消えたとしても
悔いがないか?ということを
毎日思いながら作業しています。

残った人が僕のパソコンやら
音楽データを聴いて、少なくとも
何をやっていたのかわかる程度の形にした段階で
毎日の作業を終える。

ということです。


これって望ましい、理想的形って思うかもしれません。

でもね。

そういう風な生き方に変えてみてわかったのだけど
人っていうのは、必ずしも
望ましい形や理想のまま終わることなど出来なくて
何かしらの悔いやらなんやら煩悩を残すものだろう。

そんな不完全なところが人間の魅力なんであって
だからこそいきてるんだろう、って思うのです。


実際、そんな生き方に変えてから
一時期、やる気をなくしてしまったことがあったのです。

つまり、毎日を満足して終えてしまったら
明日やることがなくなってしまう、ってことです。

不完全だからこそ人は生きようとするんじゃないのかね。
そんなことを今思っています。
| からかわ | 2007/06/29 7:11 AM |

じぎさんの最後の一文。
そのとおりですよね。

以前、依頼を受けたお仕事の中で
 『生かされて 生きる』
と書したものがありました。

その頃は、まだ私もハタチになるか
ならない頃だったので、ふう〜ん。。。
くらいにしか思っていませんでしたが、
改めて今考えてみると、なるほど!!と
思えるようになりました。

何のために生まれてきたのか―――
10代の時は悩んでいたけれど、
大切な人に会うためだったと信じています。
| ゆーり | 2007/06/29 4:06 PM |

>からかわさん
お久しぶりです。

自分の方が先に。は自分勝手だよね。
もしそう思ってもやっぱり怖くて死ねないけれど。

私もあの大地震とサリン事件で、
人間っていつ死ぬのかなんてわからないなと思いました。
健康とか健康じゃないとか全く関係なく、
たくさんの普通の人が死んでいってしまったから。
からかわさんもあの出来事で思うところがあったんですね。

からかわさんのその生き方は理想形だと読んでいて思ったけれど、
そうでもないのかぁ・・・。
不完全だから人は生きようとする、は当たっているかも。
だって自分の人生悔いなし!ってなったら
生きてる意味がわからなくなるよね。

>ゆーりさん
私もそのとおりと思います。
何のために生きてきたのかは私もはっきり
わからないけれど、大切な人に会うためっていう
ゆーりさんの考え方も素敵だなぁ。
こうしてここにいる以上精一杯生きていくのが一番ですね^^
| かりん | 2007/06/29 7:09 PM |

 人間はいつでも死ぬ、それが早いか遅いか、
あるいは病気で死ぬのかアクシデントで死ぬのか
自然に死ぬかの違いだと思ってます。
会社の同期でも仕事中に心臓発作で死んだ人間
がいます。

別に死ぬことは怖くありませんが、自分が死んだ
あと恥ずかしくないように自分の身辺だけはちゃんとしておきたいものです(といいながら全然できてない)。
余命を宣告されても、自分はいつものように日常
を生きていくと思います。それしかできません。

親ももう長くない(言葉は悪いけれど現実)の
を認識していて、母親は自分の葬式その他は自
分で決めておくから、死んだらその通り頼むと言ってます。一方父親は「どうでもいい」と言
ってるようです。母親は父親に「アンタそれじ
ゃ子供ら困るでしょ」と一喝してましたが。
今年帰ったら確認しようと思っています。非常
に聞きづらいことですけど。


| BOSE | 2007/07/28 1:12 AM |

>BOSEさん
うんうん、その通りですよね。
私だって今すごい元気だけどもう今のこの次の瞬間にも
生きてるなんて保証はないしね。
地震で何か起こるかもしれないし、突然の心臓発作とかね。

確かにものすごくききにくいことだけど、
確認しておくのもいいかもしれませんね。
私は誰にも確認されるような年ではないけれど、
突然死んだりしたらこのブログやホームページのことも
きになるので、一応メモ書き程度にはIDなどの情報を残しています。
けれども・・・誰もPC扱える人がいなかったらきっとそのままなんだろうな・・・。
| かりん | 2007/07/29 12:13 AM |

・・・と思ったら、父親が9月20日に亡くなって
しまいました。
急いで羽田まで行き、離陸時間の15分前に到着。本当は乗せてもらえない時間ですがカウンタ
ーで事情を説明したら乗せてくれることに。カウ
ンターから送迎バス乗り場までそれこそ全力疾走
して釧路行きの最終便に飛び乗りました。

我が家はお寺さんとのつきあいもないので(身内
で亡くなった者が今までいないので)母親の意向
で無宗教形式で一通りコトを進めました。私は長
男ですので実質喪主です。23日通夜・24日告別式
でした。

最後まで式に参列したのは母方の兄弟数人と父方
の兄弟全員だけというごく身内だけの式でした。
どちらの日もきれいに晴れ上がったのはよかった
と思っています。

大変なのはそのあと。年金や故人の財産処分等
わからないことだらけ。いろいろでてくるもの
です。銀行や若干の負債関係は弟と2人で全て
片付け、年金関係は母親に任せて(これは遺族
年金等の関係もあって母親しかわからないの
で)今日帰ってきました。

まだ御両親が健在な方へ忠告です。
御両親には「財産目録は作っておいてくれ、
あとどの印鑑をどれに使っているのかわかるよ
うにしておいて」と言っておいた方がいいかも
しれません。心当たりのないものが結構出てく
るものですよ。逆にこれだけあればお金関係の
手続きは何とかなります。もちろん証券や年金
関係の書類は全て揃っていての話ですが。

ですが、あまりに突然だったために「父親が死
んだ」という実感がありません。このあと家族
の名前一覧を何かで書いたりするときに初めて
実感がわくのかもしれません。

| BOSE | 2007/09/26 6:11 PM |

>BOSEさん
最近見かけないなと思っていたらそんなことがあったのですね。
いろいろと大変だったと思います。
お悔やみ申し上げます。

今はまだ亡くなってからすぐということもあるし
実感はないかもしれませんが、ふとした時に
あぁもういないんだなぁと思うときがきっとありますよね。
私は両親は健在ですが、10年ほど前に同年代で
他人だけどとてもとても近い人が
突然亡くなってしまった経験があるのでそのことを思い出したりしてしまいました。

けれどそれが身内になるとそんなにもいろいろなことが
出てくるんですね。祖父は亡くなっていますが、
その時はまだ学生だったので私はまだそういう手続きの経験がなく、
BOSEさんの話はとても参考になりました。
そういうことって考えたくないことだけれど、
いつかは来ることだからきちんと向き合わないとその時になって大変なんですね・・・。
| かりん | 2007/09/27 1:23 AM |

その後の顛末。

年金関係の手続きはまだ終わりません。
書類の発行は2ヶ月に1回しか行なわれないらしく、タイミングがずれるとなかなか送られてこないのです。この年金関係の手続きで戸籍謄本が必要な場合が多く、母親曰く「何回戸籍謄本取りに行ったかわからない」と言っておりました。
まあこれもあと1枚書類が送られてくれば全て終了
だそうです。

問題は土地と家の登記の変更。母親は家のことで
手が回らないので、夏休みで帰った私が毎日法務
局へ通って書類を作りました。またこれがややこ
しく、釧路市立図書館に行って登記に関する本を
借りて勉強したくらいです。何せ登記なんぞやっ
たことなんてありませんから、全く知識なしで一
からやりました。これはあとは故人の戸籍謄本が
揃えば終わりです。

財産相続関係の手続きは、故人の出生してからの
謄本全てが必要になる場合があるので、本籍を
何度も移している人は大変になります(基本的に
謄本は本籍のあった市町村にしかない)。我が家
もあっちこっちと電話をかけて送ってもらいまし
た。

結局1週間の実家滞在中自分の時間は2日間だけ、
あとは午前中は法務局へ行き、午後からは家で
不要になった家具の処分等していました。

それにしても、釧路は遠い。兄弟連中と話して
いたのですが、父親死亡の一報が入ってから全
員即釧路へ帰るための行動を起こしたのですが、
結局東京から飛行機に飛び乗った私が一番早く
着きました。あとの兄弟は道南・道央からきま
したが、それぞれクルマと電車で移動して到着
したのは21時でした。私にしても飛行機が満席
&あと1本遅い電車に乗っていたらもうアウト
でした。それを考えると、やはり家族は道内に
いた方がいいです。

3月にもう一度帰りますが、今度もフェリーで
帰ります。本当にクルマがないと何にもできな
い!
釧路の人口が減っていくのはこのせいもあると
思います。歳取ってくるとやはり運転は厳しく
なりますから。歩いて行ける距離に商店や病院
がないと非常につらいと思います。それを考え
ると「田舎に住めるのは若いうちだけ」という
気もしますね。
今後介護問題が整理されたらどうなるかわかり
ませんけど。

| BOSE | 2007/11/06 10:50 PM |

>BOSEさん
いろいろなことが亡くなった後にあるんですね。
特に家の主であるお父様ということで、
いろいろな手続きがあるのかなとも思いますが、
それにしても時間も手間もかかるんですね。

うちの場合は土地や家は全くないので、
その心配はありませんが、それでも他の手続きだけでも
考えてみるといろいろあるものだな、と。
一週間じゃ全くたりませんよね。
こういうときほんと実家が近くにあればいいのになと
思ったのではないかと思います。
同じ道内でも峠を間に挟むとグンと遠くなります。
特に冬道になると危険も伴いますよね。

そしてBOSEさんの年寄りは田舎に住めないは
本当に正論だと思いますよ。
少なくとも今は確かにその通り。
都会のように病院が近くにあったり、
交通の便がよければ車がなくてもなんとかなりますが、
釧路のように車がなければ移動もままならないような
状態だと買い物ひとついくにも大変です。
お金がある人ならタクシーでピューなんですけどね。。。
| かりん | 2007/11/06 11:53 PM |

子供の頃に初めてそのうち死ぬって事が分かった時はしばらく枕を涙で濡らしました。誰もが経験してると思うけど。
大人になったら勿論そんな事はほぼ考えなくなったし、怖いとかいう気持ちも消えたけど、最近2、3年で会社の顔見知りの人が立て続けに3人程死にました。皆40歳前後で自殺・交通事故・???でした。
久々に死を考えてしまいましたね。でも自分も同僚も勿論衝撃を受けてたんだけど、2Wもするとすっかり話題にも出なくなった。こんな簡単に忘れ去られるものなのかと。自分も死んでもそんなもんなのかとちょっとショックでしたね。
まー死ぬのは眠ってるのと同じでしょう。そう考えれば苦しまないで死ねれば別に怖くはないですね。簡単に忘れられるのはイヤだけど、それも死んだ当人には分からないからね。
| TARO | 2009/09/07 5:53 PM |

>TAROさん
私もそれを初めて知った時ものすごいショックでした。
そして普通はTAROさんのように大人になったらそんなこと考えないんだと思います。
私は身近で死を経験したことが多かったせいか、
大人になってからますます恐ろしくなりました。
そして「人間は忘れる生物だから生きていられる」という言葉を
聞いたことがあるけれど、たしかにその通りだと思います。
もちろんTAROさんも亡くなった同僚さんのことを忘れたわけではなく
衝撃が薄れていったという程度のことではないかと思います。
記憶の中にはいてもいつまでもその人のことばかり考えていられないという。
私もそうでした。目の前で突然の死の瞬間を見た時ですら
何ヶ月かすると衝撃は薄れて普通に生活ができるようになりました。
もちろんその時のことは忘れてるわけではありませんし、
その人のこともきちんと記憶の中にありますが、
いつまでも引きずらなかったことに自分でもビックリでした。
たぶん生きていくために必要な本能プログラムのひとつなんでしょうね。

私も簡単に忘れられるのはイヤだと思うけど、
記憶に残らないわけではない(と思っている・・・)し、
TAROさんが書いてる通りで死んだ当人にはわからないから
まぁ。。。仕方ないか。と諦めの境地です。
| かりん | 2009/09/07 7:37 PM |

私はクリスチャンですが、死にたいと思う人間は(病的な場合などを除けば)普通はいない訳で、それはなぜかというと、人間にとって「死」とは不自然な事だからだそうです。
つまり、人間は永遠に生きるために造られたからだ、というのが、聖書中の真理です。
永遠という概念が人間の心にしかないのも、このためです。
「私は定めのない時(つまり永遠)を(人の)心に置いた」という聖句があります。
今の世の中では死ぬのは自然な事、でもできれば生きていたいと思うし、死ぬのは怖い、それは人間にとって不自然な事だからだということ、なんとなく、納得しにくいかも知れませんが、いかがでしょうか?
| ままさん | 2010/01/21 12:11 AM |

>ままさん
やはり本能なんですね。
だとするとままさんの説明でかなり納得です。
これも最近は考えないようにしてるのですが、
どんなに生きても最後は死というのは死ぬために今を生きている
というマイナス思考で考えてしまうことがあって、
それがきっとこういうなんで怖いんだろう?という考えになるのかと。
だからといって本気で死にたいと思ったことはないと思います。
思います、っていうのは一瞬死んだら楽かも?と思っても
死ぬのがやっぱり怖いから。いつも具体的に何も実行できません。
だけどそれでいいんですね^^
| かりん | 2010/01/21 12:48 AM |

お久しぶりです。
3年前のに書き込みします。
先に言っておきます。私は死刑廃止論者ではありません。
最近、YouTubeやニコニコ動画で絞首刑になる漫画が動画でアップされてるのを見ました。
かりんさんも見てるかと思いますが、もしあれが自分の立場だったらどうだろ? と想像すると恐怖ですね。
もちろん悪いことをして死刑になるなんて毛頭思ってませんが、首に縄をかけられ下の床板が外れる瞬間はどうなんだろう、と想像しちゃいます。

私の考えでは、死ぬとどうなるのか? ですが、前にも書いた気がしますが、寝てるけど夢は全く見てない状態だと思います。寝てるのか起きてるのか全く自覚が出来ない状態ですね。
そうなると恐怖を全く感じない死に方は、ポックリ病しかないかなと。
対照的に絞首刑は最悪な死に方ですね。死ぬまで恐怖を味わってしまう。絞首刑は普通の首吊りと違い即死だそうですが、数秒間は意識があるような気がします。
これから死ぬと分かってるのが恐怖で、死ぬと分かってないのは恐怖では無いですよね。
自分がもし死んだら、絶対に意識(魂)はあると思う。
死んだら「あぁ、俺は死んだのか」と理解すると思う。
ネタバレになりますが、映画のシックスセンスのように、死んだと理解するのに時間はかかるのだろうか。


| ナイト | 2010/04/26 5:41 PM |

>ナイトさん
ものすごくお久しぶりです!
その動画は全く知らなかったので、たった今検索をかけてみてきました。
たしかにあれが自分だったらと思うと、死刑囚になってから刑が執行
されるまでの間の恐怖は並大抵のものではないと思います。

で、死ぬのが怖いってのは何かと考えるとその場合に関しても
一体何が理由で怖いのかわからないと思います。

コメントの前半部分が死刑についての話だったので、
それと比べるのはちょっと違うのでは?と一瞬思ったけど、
何度もコメントを読んで、それは今回死について考えるキッカケだった
というだけなんだなと理解しました。
たしかにこういうものを見ると自分がそうだったら。と考えるのは
私もよくやることで、疑似体験・・・まではいかないけど、
変な気持ちになりますよね。さっき動画を見て私もそう思いました。
ちなみに死刑については私も反対派ではないです。

死んだ後も意識が残るとしたら、やはり現在科学では解明されていない
事柄が沢山あるってことになりますね。
しかもそれは人間として生きていた人なら全員が経験するものでしょう。
でも、誰一人として死ぬまえにはわからないので、
これからも一生解明されないかもしれませんね^^;
| かりん | 2010/04/26 9:51 PM |

いつも丁寧に解答頂きましてありがとうございます。
死んだらどうなるか? もう一つ自分の考えがあります。

自分が産まれてすぐの記憶は無いし、1歳〜3歳ぐらいの記憶もほとんど無いし(人によっては記憶がある人もいるようですが)、当然母体にいる時の記憶などあるわけがありません。もしかしたら、死んだ時は産まれる前や産まれてすぐの時と同じなのでは、と思ったりもします。
そうなると、、、生まれ変わりってことになる!!!


私はやっとノーベル賞を授与することになるようですww
www
ノーベル平和賞になるのかな?wwwww
| ナイト | 2010/04/27 6:17 PM |

>ナイトさん
でも・・・死んだときに生まれる前や生まれてすぐの時と同じという
その仮説が正しかった場合、自分のお葬式を見れるとかないですよね。
それもまた寂しい〜(ノД`)・゚・。
でも生まれ変わりは信じたい気がするので、

お葬式などを見て49日くらいはウロウロしてる。
もちろん生きてる時の思い出などの記憶も持って。
でも49日を過ぎたら生まれ変わる!

っていう私に都合のいい状態じゃダメですかw
| かりん | 2010/04/27 9:29 PM |

レスできません。コメレスなしで
OKな方だけコメントどうぞ。
(2014/7/22〜)









   
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